「生産性が低いから低賃金」では終わらせない
架空M市は7月、就労継続支援A型事業所の賃金向上と支援の質を、地域の経営支援で支える自治体モデル事業を始めた。対象は、働く人の努力だけでは賃金が上がらず、事業所の収益性、販路、仕事の組み立てに課題を抱えるA型事業所だ。
M市の準備会で繰り返し出た言葉がある。「障害者の生産性が低いのではない。事業所の経営力が低いのではないか」。もちろん、働く人の体調、経験、支援ニーズは一人ひとり違う。しかし、低賃金を本人側だけの問題として説明すると、商品設計、工程改善、販売戦略、訓練、支援体制の見直しが後回しになる。
自治体の担当者は「A型を福祉サービスとして見るだけでは足りない。働く人が雇用契約のもとで仕事をし、賃金を得る場である以上、事業として成り立つ力を地域で育てる必要がある」と話す。

見るのは、福祉理念だけではない
モデル事業では、指定基準や報酬要件を変えるのではなく、開設前相談や運営中の伴走支援として、商品やサービスの市場性、販路、原価、人員配置、訓練計画、支援体制、賃金向上の見通しを一緒に確認する。
事業計画レビューは、自治体の障害福祉担当だけで行わない。商工会議所、中小企業診断士、創業支援機関、ハローワーク、特別支援学校、就労支援機関、地域企業の担当者が加わり、事業として持続するか、働く人の成長機会があるか、支援負荷が現場に無理なく組み込まれているかを確認する。
レビュー委員の一人は「福祉の思いが強いことは大切だが、それだけでは注文は増えない。誰に何を売るのか、なぜ買われるのか、どの工程なら働く人の力が伸びるのかを同時に見る」と語る。
商工会議所が見たのは、商品・販路・原価だった
市内のあるA型事業所は、菓子の包装と地域産品のセット販売を行っていた。働く人は丁寧に作業していたが、単価が低く、繁忙期だけ負担が増え、閑散期には仕事量が落ちる。賃金向上を掲げても、現場では「もっと頑張る」以外の選択肢が見えにくかった。
商工会議所の経営支援員が確認したのは、作業速度ではなく、商品構成、発注単位、歩留まり、物流費、販売先、季節変動だった。地域企業との共同商品に切り替え、包装工程を単価の高いギフト向けに再設計し、教育機関と連携してデザインと販売の実習を入れた。
事業所の管理者は「これまでは支援記録と日々の作業を回すことで精一杯だった。外から原価や販路を見てもらうと、低賃金の原因が本人の力ではなく、事業の組み方にあることが見えてきた」と振り返る。

福祉支援は弱まるのではなく、仕事の中に入る
経営支援を入れると、福祉の視点が後退するのではないかという不安もあった。M市のモデル事業は、そこを切り分けない。むしろ、健康時間、相談線、作業手順、評価、訓練、支援者の配置を、事業計画の中に明記する。
たとえば、新しい商品を増やす場合、売上見込みだけでなく、誰がどの工程を担うか、疲労が強い工程をどう分けるか、失敗した時に誰がリカバーするか、技能が上がった時に賃金や役割へどう反映するかを確認する。
支援職の一人は「経営の話になると、本人への配慮が削られるのではと心配していた。でも実際には、仕事として成立させるために、支援を曖昧な善意ではなく工程に入れる必要があると分かった」と話す。

安易な設立から、地域の事業育成へ
モデル事業のもう一つの狙いは、安易な事業所設立からの脱却だ。A型事業所を増やすだけでは、地域の仕事量、受注先、支援人材、管理者の経営力が追いつかないことがある。結果として、低単価の下請け作業が集まり、働く人の賃金も役割も伸びにくい。
M市では、開設前相談の段階から、地域産業の需要、既存事業所との競合、一般企業からの発注可能性、教育機関との訓練接続を確認する。創業支援窓口は、福祉事業所を「特別な例外」として扱わず、通常の事業計画と同じように市場、顧客、資金繰り、リスクを見ていく。
自治体は、事業所をふるい落とすことが目的ではないと強調する。準備不足の計画は、開設前に見直し、必要に応じて既存事業所との連携、共同受注、事業承継、別の就労支援の形へつなぐ。
働く人から見ると、仕事の意味が変わる
働く人の受け止めも変わり始めている。ある利用者は、以前の仕事を「毎日同じ作業をしていたが、なぜこの作業が必要なのかは分からなかった」と話す。新しい事業計画では、商品がどの店に並び、どの顧客に届き、どの工程が品質を左右するのかを朝礼で共有するようになった。
賃金向上は、単に時間を増やすことではない。品質チェック、在庫管理、顧客対応、後輩への手順説明など、できる役割が増えた時に、仕事の幅と賃金へ反映する道筋を置く。
地域企業の担当者は「福祉だから買うのではなく、品質と納期が合うから継続して発注できる。その上で、地域で働く人の可能性が広がるなら、企業にとっても意味のある取引になる」と話す。
ドイツの包摂事業所は、制度輸入ではなく設計ヒント
M市が参考にしたのは、ドイツの包摂事業所に関する報告だ。NIVR調査研究報告書No.154では、ドイツの包摂事業所について、重度障害者の雇用を支える一般労働市場上の事業として、法的・経済的に自立し、営利目的を持つ形態が紹介されている。
同報告では、包摂事業所の設立・運営にあたり、製品やサービス、市場機会、販売戦略、人員配置、支援体制、5年間の経済性計算などを示して審査を受けること、統合局が商工会議所や統合専門サービスに経営・個別支援の助言を依頼する構造が説明されている。
もちろん、日本のA型事業所とドイツの包摂事業所は制度も財源も位置づけも異なる。M市のモデルは制度輸入ではない。福祉、経済産業、雇用、教育が分かれたまま事業所に責任を負わせるのではなく、包摂性と収益性を同じ計画で確認し、育てるという発想を、日本の地域課題に置き直したものだ。

標準体制として見る部品
経営診断
商品、顧客、販路、価格、原価、資金繰りを確認し、低賃金の原因を本人側だけに置かない。
仕事設計
工程、品質基準、役割、訓練、疲労や支援ニーズを分け、働く人の力が伸びる仕事へ組み直す。
支援品質
相談線、健康時間、手順書、評価、リカバー体制を、善意ではなく事業計画の部品として扱う。
販路と共同受注
地域企業、商店、教育機関、創業支援とつなぎ、低単価の単発作業だけに依存しない。
人材育成
事業所職員に、福祉支援だけでなく、原価、品質、営業、工程改善の基礎を学ぶ機会を置く。
継続レビュー
開設時だけでなく、賃金、役割、支援負荷、収益、離職、一般企業との接続を定期的に見直す。
現場で使うなら、手順はこの順番
1. 現状を分けて見る
賃金、売上、原価、作業量、支援負荷、技能形成、欠勤や疲労の出方を同じ資料に並べる。
2. 仕事を組み直す
低単価作業を増やす前に、工程、品質、納期、役割、訓練、回復余地を仕事条件として設計する。
3. 事業計画をレビューする
商工会議所や創業支援が、商品、販路、価格、資金繰り、5年の見通しを確認する。
4. 支援を工程に入れる
福祉職や雇用支援が、相談、手順、評価、教育、外部支援を日々の仕事の流れに埋め込む。
5. 賃金と質を見直す
賃金向上、役割の広がり、本人の納得感、職員負担、事業収益を定期的に確認し、支援を更新する。
読後に話す問い
- 賃金の低さを、本人の能力だけでなく、商品、販路、原価、工程、支援体制から見直しているか。
- A型事業所の開設前相談や運営支援を、福祉理念だけでなく、地域の事業育成として扱えているか。
- 商工会議所、創業支援、地域企業、教育機関が、福祉事業所を通常の経営支援の対象として扱えているか。
- 働く人の役割、技能、賃金、一般企業との接続を、事業計画の中に入れているか。
- 支援職の負担を増やすだけでなく、手順、相談線、品質管理、教育の仕組みで支えているか。
- 包摂性と収益性を対立させず、同じ計画の中で確認する場が地域にあるか。
