「重い人」を認定するのではなく、残った負担を測る
架空の特区L地域は7月、障害者雇用の新しいモデル事業として「残余雇用負担評価・継続助成」を始めた。対象は、合理的配慮や職務再設計を実施しても、企業の経済的負担が大きく、一般雇用の継続や拡大が難しいケースだ。
これまで日本では、身体障害や知的障害の一部に重度障害者としての扱いがある一方、精神障害者などについては、事業主負担をどう見るかが難しい課題として残ってきた。個人の障害程度だけで「重度」を決めようとすると、仕事、環境、支援、職場のノウハウによって負担が変わる現実を捉えにくい。
L地域の担当者は「見るのは、本人が重いかどうかではない。仕事条件を整えた後も、企業が雇用継続に必要としている経済的負担が残るかどうかだ」と説明する。

最初の判定は、助成ではなく配慮不足の点検
このモデルで特徴的なのは、企業が「負担が大きい」と申請しても、すぐ助成判定に進まないことだ。専門家チームはまず現場を訪問し、作業内容、道具、動線、勤務時間、休憩、指示形式、評価基準、相談線を確認する。
たとえば、作業手順が口頭だけで伝えられていたり、支援機器を試していなかったり、本人が能力を発揮しにくい配置になっていたりする場合、それは企業の恒久的負担ではなく、合理的配慮や仕事設計の不足として扱う。
専門家チームは、産業保健、職業リハビリテーション、支援機器、人間工学、雇用管理の担当者で構成される。現場では、本人の医療情報を広げるのではなく、仕事上どの条件が成果を妨げ、どの条件を変えれば負担が減るかを確認する。

助成対象になるのは、配慮後にも残る経済的負担
現場確認の後、まず実施されるのは、支援機器の導入、職務手順の整理、勤務時間の見直し、チューター役の明確化、相談先の設定などだ。多くのケースでは、この段階で「負担」と見えていたものが減り、助成なしで働き続けられる可能性が見えてくる。
それでもなお、通常より明らかに多い人的支援、安定的に残る生産性差、業務分担上の追加コスト、休憩や健康時間に伴う代替要員の費用などが残る場合、初めて継続助成の審査に進む。
助成は一度決めて終わりではない。L地域では半年ごとの見直しを置き、職場の改善、本人の習熟、支援機器の更新、業務内容の変化によって負担が減った場合は助成額や期間を調整する。

納付金を、雇用数の還流から支援ニーズへ向け直す
日本の障害者雇用納付金制度は、事業主間の経済的負担を調整し、納付金を財源として調整金、報奨金、各種助成金などを支給する仕組みとして運用されている。制度の背景には、障害者を雇用するには作業施設、職場環境、特別の雇用管理などの経済的負担が伴うという前提がある。
一方で、L地域の準備会では、この前提が粗すぎるのではないかという問題提起が出た。障害者を雇えば一律に負担がある、障害等級が重ければ企業負担も大きい、という見方だけでは、実際には配慮や仕事設計で解消できる負担と、それでも残る経済的負担を分けられない。
関係者は、納付金財源の多くが雇用数に応じた調整金・報奨金として企業へ戻る構造に見えやすいほど、社会的支援ニーズの高い企業や障害者本人に必要な配慮、支援機器、人的支援、職場再設計へ十分に届きにくくなると懸念する。
特区のモデル事業は、納付金を、障害者雇用の推進に本当に必要な合理的配慮の実装と、配慮後にも残る経済的負担の解消に使えるように、評価の順番と財源の向け先を試すものだ。
精神障害の重度認定で止まっていた議論に、別の入口
日本では、精神障害者について「重度」をどう扱うかが長く難しい論点だった。症状の波、職場環境との相互作用、支援の有無、上司やチームの対応によって、同じ人でも働きやすさや企業負担は大きく変わる。
L地域のモデルは、そこを個人属性だけで決めようとしない。本人、仕事、環境、支援、時間、制度を同時に見て、まず条件を整える。その後に残る負担だけを、雇用継続のための経済的調整として扱う。
地域の精神科医療機関のPSWは「本人を重い人として固定するのではなく、職場条件を整えた上でなお残る負担を見るなら、企業も相談しやすく、本人も働く可能性を閉じられにくい」と話す。
企業は負担を隠さず、障害者は負担として固定されない
企業にとっても変化は大きい。これまでは、負担を口にすると差別的に見えるのではないか、本人に申し訳ないのではないか、逆に大変だと言えば助成が出るのではないか、という両極の不安があった。
新しい手順では、企業は負担を隠さず話せる。ただし、それは助成のための主張ではなく、仕事条件を点検するための情報として扱われる。負担が、配慮不足や業務設計のまずさから生じていれば、助成ではなく改善支援につながる。
本人にとっても、重度判定が「あなたは重い障害者です」というラベルにならない。評価対象は、雇用関係の中で実際に残る経済的負担であり、仕事条件が変われば見直される。
ドイツ・フランスは、制度輸入ではなく発想のヒント
NIVR調査研究報告書No.154では、フランスやドイツに、機能障害の程度ではなく、合理的配慮や支援後にも残る雇用主の経済的負担を評価し、雇用継続や一般企業での直接雇用を支える仕組みがあることが紹介されている。
もちろん、制度名、財源、認定機関、労働市場、福祉的就労との関係は国ごとに違う。L地域の架空モデルは、海外制度を日本へそのまま輸入する話ではない。
ポイントは、個人の障害の重さだけを見て止まるのではなく、合理的配慮を確保し、職場の無駄な負担を減らし、それでも残る雇用継続上の経済的負担を公的に調整するという順番にある。関係者は、この順番こそが、障害者にも企業にも有益な一般雇用の入口になると見ている。

標準体制として見る部品
配慮実装の確認
支援機器、勤務時間、指示形式、相談線、評価との切り分けが実際に動いているかを先に確認する。
職務と環境の現場評価
机上の障害程度ではなく、作業、動線、ペース、ミス許容度、チーム運用の中で負担を測る。
無駄な負担の除去
配慮不足、手順不備、過剰管理、支援機器未導入から生じる負担は、助成ではなく改善支援へ戻す。
残余負担の算定
合理的配慮後にも残る人的支援、生産性差、代替要員、追加コストを、専門家が根拠付きで整理する。
継続助成と定期見直し
雇用継続に必要な負担だけを助成し、職場改善や本人の習熟に応じて半年ごとに見直す。
本人保護と不利益防止
本人を重い障害者として固定せず、評価対象を雇用関係の中で残る負担に限定する。
現場で使うなら、手順はこの順番
1. 相談を受け付ける
企業と本人の同意を確認し、困っている業務、既に試した配慮、残っている負担を整理する。
2. 現場を確認する
専門家チームが作業、時間、環境、支援、評価、相談線を見て、配慮不足と残余負担を分ける。
3. 先に整える
支援機器、手順、勤務時間、人的支援、上司の相談先を整え、無駄な負担を減らす。
4. 残余負担を審査する
それでも残る経済的負担だけを、雇用継続に必要な継続助成の対象として評価する。
5. 見直して減らす
助成後も定期的に、職場改善、本人の習熟、業務変化、支援線の有効性を確認する。
読後に話す問い
- 自社や地域では、企業負担を、配慮不足から来る負担と、配慮後にも残る負担に分けて見られているか。
- 「負担が大きい」という声を、助成申請の主張ではなく、仕事条件を点検する情報として扱えているか。
- 精神障害や慢性疾患のある人について、個人の重度だけでなく、職場条件との相互作用を見ているか。
- 納付金財源を、雇用数に応じた還流だけでなく、合理的配慮と残余負担の解消へ向ける仕組みを議論できているか。
- 継続助成が、低期待値の固定ではなく、一般雇用の可能性を広げる設計になっているか。
- 専門評価の透明性、本人同意、不利益防止、定期見直しを、制度設計に組み込めているか。
